「人権」と聞いて、あなたはどう感じますか?
なんか小難しそうだなー、とか、大切なものなんだろうけど具体的に説明できないなぁ、とか、なんでもいいです。まず「人権」が何なのかを考えてみてください。......はい、思い浮かべましたかね? では実際に「人権」で検索して、出てくる文章をまとめるとこんな感じになります。
"人間が人間らしく幸せに生きるために、生まれながらにして持っている、誰からも奪われることのない基本的な権利。"
なんでもかんでもネットやChat GPTで検索したものをうのみにすることは危険ですが、人権についてはどの本や辞書、憲法でもおおむねこのように書かれています。これを読んですぐに理解できた人は、とても聡明ですね。私が学生の頃は「これが人権だよ。」と教えてもらっても、あまりにも壮大な話をしているようで、いまいちピンと来ませんでした。だけど、もしこれを読んでくれている人の中に応援しているアイドルがいるかたは、「推し」に置き換えて考えてみませんか。
"推しが人間らしく幸せに生きるために、生まれながらにして持っている、誰からも奪われることのない基本的な権利。"
あなたの推しがキャラクターや生身の人間以外の場合はすみません。ここではいったん、「生きている人間の推し」に絞らせてください。推しには幸せに生きてもらいたい。これは「推す」立場の人なら、誰しもが願うことのはずです。だけど推しの幸せって、いったいどんなものでしょうか。ファンが増えて大きな会場でライブをすること? CMや冠番組に出演すること? 街の大きなビジョンにMVが流れること? どれもすてきなことだけど、どれも「アイドルとしての」幸せであって、「人間としての」幸せとは限りません。
では、あなたの推しが「人間らしく幸せに生きる」って、どんな状態のことでしょうか。
私は今まで数えきれないほどたくさんのアイドルのかたたちとお仕事をしてきましたが、彼女/彼らに共通点などはほぼありません。休みの日は家から一歩も出ない子もいれば、少しの時間ができるだけでアクティブに外出する子もいます。犬派もいれば猫派もいます。生理痛が重い子もいれば軽い子もいます。家族仲のいい子もいれば、施設で育った子もいます。どれだけ食べても太らない体質の子もいれば、ダイエットによって食べては吐いてを繰り返す摂食障害という病気になってしまう子もいます。女の子も男の子もいれば、そのどちらでもないと感じるノンバイナリーの子もいます。異性にひかれる子や同性にひかれる子もいれば、他者に恋愛感情を抱かない/抱きにくいアロマンティックの子もいます。日本国籍の子も外国籍の子もいます。
共通しているのは、アイドルもみんな同じ人間であって、みんな同じように人権があるということです。
だけど、ステージでキラキラと輝く姿を見ていると、私たちはどうしてもそのことを忘れてしまいがちです。とても自分と同じ人間とは思えないほど、アイドルたちは手の届かない存在に思えるからかもしれません。
こんなにたくさんの人から愛されているのだから、特定の誰かひとりと恋に落ちたり、パートナーを作るのはプロ意識がないと、非難されやすい立場の人たちでもあります。
「誰にもばれないように恋愛するならいいけど、自ら『匂わせ』したり、週刊誌に撮られているようじゃ、まだまだ『プロ意識』が足りない。」と、交際をすることにも自分以外の他者からジャッジされ、条件を付けられます。
そもそも、推しの恋愛が発覚するとこのように怒りだす人たちが多いのはなぜでしょう。おそらく「プロ意識」なんてものはもっともらしくそれを非難するための建て前で、実際には寂しかったり悲しかったり嫉妬したりという「行き場のない感情」の発露なのではないでしょうか。
「リア恋」なんて言葉があるように、推しへ恋愛感情に近い気持ちを持つことは決して珍しくありません。付き合ったらこんな所に行きたいな、とか、こんな会話をして、とか、夢は無限に広がりますよね。
それなのに推しの恋愛が発覚してしまうと、その妄想の余地がなくなってしまいます。今まで推しの隣には自分がいることをよどみなく想像できたのに、「実際にはパートナーがいる」というノイズが生まれてしまうのです。この現象を疎ましく思ったり、悲しんだり嫉妬したりすること自体は誰にも責められることではありません。感情は湧き起こるもので、自分でもコントロールが利かないからです。
でも言葉は、選択できます。
言葉を選んで発信するのと、湧き起こった感情をそのまま発信するのとでは、天と地ほどの差があります。
はるか昔、ネットのなかった時代はテレビに映るアイドルに何を言ってもそれが彼女/彼らに届くことはありませんでした。しかし現代は違います。ネットの海に一度でも流してしまった言葉たちは、あらゆる形でアイドルに届いてしまうリスクがあります。それもほとんどの場合は届いている、と思ってください。たとえあなたの推しが個人のSNSアカウントを持っていないとしても、見られていると思ってください。そして優しい言葉が何百、何千とあっても、たった一つの優しくない言葉で消えてしまいたくなることもあると覚えていてください。
推しの人生は推しだけが選択できるもの。そしてそれは、あなたにも全く同じことが言えるのだと忘れないでいてください。あなただけじゃなく、あなたの周りにいるひとりひとり、みんなが自分の人生を選べないといけなくて、それを批判したり脅かしたり奪っていい人なんていません。
これが人権です。
あなたもアイドルも同じ人間であり、だけど同じ人はひとりもいない。だからこそ、ちがいを個性と認め合い、誰も孤立しない社会にしていきたいですね。

絵・椎木彩子
竹中夏海
振付演出家、エンタメ産業カウンセラー。アイドルや広告などの振付を多数担当している。

