このバリカンにがなくても

まつもとめぐり

 バリカンを使つかうのは、まれてはじめてだ。
 せんめんじょで、マノはきんちょうしながらでんげんれた。
 ─────。
 すぐにもとがしんどうする。
 かがみうつんでいるのは、けんにしわをせたぶん
 しょうじょでもなんでもない、のっぺりとしたへいぼんかおゆいいつほこれるところといえば、このくろぐろとしたかみくらいなものだろう。いつもつやがあり、しょうがっこうともだちにも、「マノのかみって、きれいだよねえ!」とよくめられる。これも、ようていてきにカットしてくれているおかげだ。
「あたしばっかり......、ずるい。」
 ごくりとつばんで、バリカンをあたまちかづけた。ふるえているのがバリカンなのか、ぶんなのか、もはやよくからないくらいだ。
 けど、やる。
 もう、こころのもやもやがあふれそうで、やらずにはいられないから。
 かくめ、バリカンをいっに、みぎみみうえちかづけた。
 ブゥイーン!
 しばのようなおとてて、マノのかみちゅうった。


「うわああああ......!」
 マノのうめきにもさけごえこえ、いったいなにごとかとリビングからんできたのウッちゃんは、せんめんじょでしゃがみむマノをつけたしゅんかんおもわずめいげた。
「ぎゃあああ!」
 ウッちゃんがぜっきょうしたのもとうぜんだ。マノのみみうえあたり――かみいちまれている。
「なっ、なんで、なんで、なんでえっ......!?」 
 どうようしすぎてこえがうわずってしまったウッちゃんをげ、マノはせきをったようにきだした。
 きじゃくるマノのあしもとには、とされたくろかみざんらばっていた。そばには、てられたバリカンがころがっている。かえしのつかないことをしてしまった――そんなぜつぼうかんが、せんめんじょいっぱいにちている。
 かいいつかず、ウッちゃんののうないだいこんらんにおちいった。
 マノはしょうになったいまでも、そんなにおしゃれにつかうタイプではない。けれど、ぶんかみだけはっていたはずだ。まいあさていねいかしているし、「て、ウッちゃん。さらさらでしょー。」と、つややかなかみらして、まんしてくることもある。
 そのたいせつかみを、なぜバリカンで? 
がっこうで、だれかに「ぼうにしてこい。」とわれたのだろうか。もしかして――。)
「マノおまえ、いじめにあっていたのか......!?
 ウッちゃんはしんぞうつぶれそうにいたくなった。ひたいあせてくる。
 シングルマザーだったマノのははおやくなり、ははおやおとうとであるウッちゃんがしゃとしてマノをることになってねん。これまで、あいじょうをかけてひっそだててきたけれど、やっぱりぶんおやわりにはなれなかったのかもしれない。マノがこんなことになったのも、こころかっとうづけなかったぶんのせいだ。ああ、おれのばか、ばかばかばか――!
 いまにもきだしそうなウッちゃんのかおて、マノは「ち、ちがう。」とくびよこった。
「い、いじめられてない。だ、だれかにわれたわけでもない。ぶんで、めた。」
「そっ......、そうなの?」
 ウッちゃんはほっとしつつ、でもやっぱりこんわくしながら、マノのふるえるかたいた。
「なあマノ。ウッちゃんさ、かんないよ。だから、おしえてほしい。どうしてこうなったのか、なんぶんから、かみろうなんておもったんだ......?」
「ううっ......。」
 マノはズボンのポケットから、ちいさくりたたんだかみし、ふるふるとひろげた。
 おおきなあおが、ウッちゃんのんでくる。
せんそうはくがいいまかいどもたちにきているげんじつ
 マノいわく、なんみんえんだんたいが、えきまえくばっていたものらしい。
「こ、こういうのもらってもさ、いつもだったら、ちゃ、ちゃんとないでてちゃってた。でも、このおなとしだから、き、になって......。」
 マノがゆびしたちらしのなかあたりに、しょうじょしゃしんっていた。そのすぐしたに、マナール じゅういっさいかれている。
「よ、んだら、このもあたしとおなじで、おかあさんがいないの。ミャンマーのふんそうたいから、バングラデシュまでげてくるちゅうで、おかあさん、んじゃったんだって。し、しかもさ、ここてよ、ウッちゃん。マナールは、みんなからしたしみをめて"マノ"とばれている。、って......。」
 かのじょはバングラデシュのキャンプでらす、ロヒンギャなんみんしょうじょだという。もともとはながうつくしいかみだったが、すさまじいけいけんによって、ストレスですっかりちてしまったそうだ。
 おやうしない、いえうしない、かみまでうしなって――それでもとうめいひとみは、まっすぐこちらをつめている。がおはない。くちもとはなにかをけつするように、かたむすばれていた。
 マノは、しゃくりげながらつづけた。
「な、まえていても、としおなじでも、おやがいなくても、ぜんぜんぜんぜんちがうんだよ。だってさ、あたしは、ウッちゃんのそばでまいにちぬくぬくしあわせでさ、ごはんべられて、がっこうにもけて、まんんだり、ゲームしたりしてさ。そ、そんなのってさあ、ずるいよね? あたしばっかり、ずるいよね? おなじマノなのにさ、こうへいすぎるよ。もうあたし、しあわせなぶんが、わるくなっちゃって。ぶんばっかりへいなのが、もうえられなくて。せめてかみくらい、マナールとおなじにしようとおもったの。そんなんで、びょうどうになんてならないって、わ、かっているけど、ぶんがだいじなものをいっなくしたら、マナールがしあわせになれるかもって。こころのもやもやも、れるかも、って。でも、でもお......!」
 マノのかおが、またおおきくゆがんだ。おおつぶなみだが、ぼろぼろといっにあふれてくる。
「バリカンでることに、なんかなかった! だって、ほんのちょっぴりんだだけなのに、かがみたらあたし、うわああってすぐにパニックになっちゃったんだもん。さいあくだ、もうがっこうけないって、おもった。たかがかみなのに、かみだけなのに、あたし、こんなことでパニックになるんだよ。マナールが、いっしょうけんめいひっきてるのにさ、あたしは、かみだけでこんなにいちゃって、ばかみたい! ほんとにやだ! こんなぶんがいやだ。マナールにもうわけないよお......!」
 うおおおん、といぬのようにきながら、ぶんにしがみつくマノのなかを、ウッちゃんはいとおしくおもいながらぎゅーっときしめた。マノが、やさしさからバリカンをにしたこと。いませいかつを「しあわせだ」とおもってくれていること。そのどっちもがうれしくて、くなったあねこころなかびかける。
(ああ、ねえちゃん。マノ、いいそだっているよ。めちゃくちゃようだけど、ひとのことをほんおもいやれる、とってもやさしいに――。)
 ウッちゃんは、ぐすんとはなをすすって、マノにかたりかけた。
「いいかあ、マノ。マナールにもうわけないから、ぶんしあわせをなくすなんて、それはちがっているとおもうな。これからはさ、マナールが、マノとおなじようにしあわせになれることをいっしょにさがそうよ。ウッちゃんもさ、いままでこういうちらし、しょうじき、ちゃんとないでてちゃってた。とおくにの、らないの、かわいそうなはなしなんだな、ってところでわっちゃってた。でも、マノのそのてさ、いま、はっとしたよ。おれのかわいいめいっおなとしが、くるしいじょうきょうなかけんめいきているんだよな。いまさ、マノがバリカンを使つかってやったことには、がないかもしれない。けど、もしかしたらさ、そういうちから、すべてははじまるのかもしれないよ?」
 そこまでうと、よし......、とかくめたように、ウッちゃんはせんげんした。
つぎきゅうりょうたら、ここにをしよう。たくさんはだけど、できるところからちょっとずつ。」
「う、ウッちゃん......!」
 マノのかおかがやいた。なみだはなみずでぐしょぐしょになりながら、「あ、あたしも。」とつづける。
「このこと、がっこうともだちおしえたり、ぶんにできることを、さ、さがす......!」
「よおし。そうとまったら――。」ウッちゃんはにかっとわらって、うでまくりをした。
「まずは、そのかみをどうにかしないとな。みぎがわみみうえだけっているのもへんだから、ひだりおなじようにして、うえかみかくしちゃおう。いまりゅうこうのスタイルにえてやる。」
 ウッちゃんはとこつとめるプロのようだ。もうすでにあたまなかには、マノにぴったりのヘアスタイルにおなおしするイメージがかんでいた。
 ジ─────。
 バリカンのでんげんふたたはいる。
 マノは、ウッちゃんがいて、こうしてぶんってくれることが、しあわせだとしみじみおもった。
 いつか、マナールにも、しみじみとしあわせをかんじるしゅんかんますように。
 わすれないでいよう。ねがつづけよう。マナールがしあわせになれるように。
 ひだりがわかみが、バリカンでていねいられていく。心地ここちよいしんどうまかせながら、マノはそう、いのつづけた。

まつもとめぐり

さっちょしょに「けんしつけい、かねやまほんかん。」シリーズ、「おはなしサイエンス ちゅうらい パパがちゅうくなんて!」などがある。

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