えきのかいじゅう

さきさかくじら

 ちゅうがっこうからでんしゃかえってくるときは、いちばんうしろのしゃりょうる。それが、わたしのルールである。っているひとすくなくて、ほかのしゃりょうよりひろびろとしているのもいいし、まどからせんえるのもいい。でんしゃここのつのえきとおぎると、やっとわたしんでいるえきく。きゅうこうでんしゃまらない、ちいさなえきだ。
 いちばんうしろのドアをりると、そこはホームのはじっこ。まわりにはだれもいない。いつもそうだ。かいさつにつながるかいだんはんたいのはじっこにしかないから、このえきりるひとはみんな、まえほうしゃりょうっている。まえには、ちいさなふるいベンチがひとつ、わすれられたみたいにいてある。わたしはそこにすわって、「よっ。」とこえをかけた。
 するとじょうから、「よっ。」というこえがした。かいじゅうだ。


 えきのホームにはかいじゅうがいる。にはえないけど、たしかにいる。そうがついたのはひとつきまえ、ゴールデンウィークがわったばかりのころ。いちばんうしろのしゃりょうったのもそのときがはじめてで、ななみたちとかおわせたくなかったからだった。
 ななみはクラスもがっしょうおなじだから、がっこうではだいたいいっしょにいる。だけど、わたしとななみがなかがいいっていうよりは、ななみのグループのすみっこにわたしがいつもくっついている、みたいなかんじだ。
 そのかえりのかいたいいくさいきょうめがあった。もともとグループみんなでせんようとめていた。わたしも、いいね、とったけど、ほんとうあんだった。にんきょうだから、きっとくじきになる。それに、にんひとつ。わたしたちのグループはにん。はんぱなにんずうだ。
 いやなかんはびたっとたった。たんにんが「せん」とったしゅんかんきょうしつじゅうがった。こくばんじっまえき、たんにんった。
「いちおうもういっかいくから、ほんとうせんをやりたいひとだけ、もういっかいげてもらいます。つなきもおおだまもまだいてるし、一人ひとりきょうまでられるからね。よくかんがえてくださーい。それでもまらなかったら、くじきします。」
 それでもやっぱり、たくさんのがった。わたしも、げようかなあ、とおもったとたん、みぎうでがぐっしょりぬれたみたいにおもたくなって、からだかたまった。たんにんわたしゆびして、こくばんからわたしまえした。ななまえせきのななみが、ちらっとわたしほうかえった。けれど、すぐにまたこくばんほういてしまった。


 そのかえみちがっこうえきのホームを、わたしはずんずんあるいた。
 けっきょく、グループのたちはみんな、くじきにたった。ななみがあとで「ごめんね。」といにたけど、わたしは「ぜんぜんへい。」とった。ほんとうちだった。ぶんだけくじにたるのもいやだし、みんなたってもにんぐみだ。そこであまるのもいやだった。だからほんとうに、あそこでげなくてよかったんだ、と、そのときはおもったのだ。
 だけどえき一人ひとりになると、なんだかけてきた。どうに、だれかにられたら、とそうぞうしただけで、はずかしくてたまらなくなった。わざとつよをこすりながらあるつづけたら、ホームのはじっこにいてしまった。をこすったままでんしゃって、んでいるえきのはじっこにりても、やっぱりをこすっていた。
 そのとき、ごーん、と、あたまなにかにぶつかった。けれどかおげても、そこにはなんにもない。おそるおそる、まえかってをのばすと、ゆびさきなにかにぶつかった。かたいざわりだった。
 なにかがある。
 こんは、のひらでさわってみる。ざらざらしていて、うっすらとふくれている。おもわず、まわりをまわす。だれもいない。もういちさわる。やっぱり、ある。なんにもないようにしかえないところに、なぞのぶったいがある。
 はじめはおっかなびっくりだったけれど、だんだんしょうたいになるちのほうがおおきくなった。あちこちぺたぺたさわってみると、ぶったいは、どうやらかなりおおきいみたいだった。わたししんちょうどころか、めいっぱいそらかってのばしても、まだてっぺんにさわれない。ところどころでこぼこしていて、わたししょうめんあたりは、おおきなたまごみたいにふくらんでいる......。
「ふふふん。」とこえがしたのは、そのときだった。
「こしょぐったーい。」
 こえあたまうえ、ずっとたかところからこえた。おもわず、りょうっこめる。ちょっかんかる。いま、この、なぞのぶったいがしゃべったのだ。とっさにきょると、こんは「って、って。」とこえがする。おんなみたいなこえだった。
「しっぽをね、はがしていってくれない?」
なに? どういうこと?」と、わたしがついたずねかえすと、ぶったいはまた「ふふん。」とった。わらったみたいだった。
「あのね、このあいだ、だっをしたのね。そしたらしっぽだけ、うまくできなくて、くっついちゃったのね。わりに、はがしてくれる?」
 われるまま、したへ、したへとのひらでさぐっていくと、なるほどしっぽのようなものが、ながくのびている。そしてたしかに、さきっぽのところに、セロファンみたいにかるざわりの、はがれかかったところがある。ぺりぺりとはがしてやったら、しっぽのぬしはやっぱりふふん、ふふふん、とわらった。
 はがしわると、わたしはしっぽをたよりにもとのもどった。それから、たずねた。
「もしかして、かいじゅう?」
「どうして?」
「しっぽはヘビみたいだけど、ほんあしってるでしょ。きょうりゅうみたいだけど、きょうりゅうは、だっしない。だいたい、とうめいで、ことをしゃべるし、おばけみたい。かいじゅうしか、ありえない。」
おおたり!」と、かいじゅうはこたえた。
 つぎも、そのつぎも、かいじゅうはそこにいた。わたしがベンチにすわってはなしかけると、いつだって「ふふ、ふふ。」とわらった。なんだか、よろこんでいるみたいだった。


 それから、いちばんうしろのしゃりょうってかえってきて、しばらくかいじゅうとおしゃべりするのが、すっかりつうになった。わたしはいろんなことをかいじゅうにはなす。おこられたこと。たいいくさいれんしゅうのこと。おもしろいゆめたこと。ななみたちのこと。なにはなしても、かいじゅうはきょうがあるんだかないんだか、やっぱり「んふふ。」とかうだけだ。だけどなぜか、これまでだれにもはなさなかったようなことも、かいじゅうにならはなになった。
 わたしそらかってをのばすと、かいじゅうもかおしたにかたむけて、とどくようにしてくれた。ワニみたいにおおきなくちけて、ぎざぎざのをさわらせてくれた。
「あした、たいいくさいだよ。あーあ。」
 そううと、みぎのわきばらがつっつかれた。つめでやったのかな、それともしっぽかな、とおもっていると、かいじゅうが「そうやねえ。」とった。
 わたしはかいじゅうがいそうなほうをちらっとた。みぎてみて、それからうえげてみた。やっぱり、なにえない。うろこぐもあおぞらえるだけだ。
「あのさ、たいいくさい、かいじゅうもたらいいじゃん。」
 そうってみて、しばらくへんったけど、かいじゅうはめずらしくだまっていた。だんだんまずくなってきて、あわててす。
「かいじゅうだったらさ、いても、だれにもばれないじゃん。こっそりついてきてさ、こっそり、ちかくにいてよ。かいさつとおれないかもしれないけど......そうだ! せんをたどって、ついてきたら?」
 すると、ベンチのうしろからなかがぐっとされて、かいじゅうのからだがぴったりくっついているのがかった。
「しょうがないなあ。」とかいじゅうはった。
「いいよ。そのかわり、やくそくしてね。一人ひとりのときしか、かいじゅうとはしゃべれない。一人ひとりのときしか、かいじゅうにはさわれない。それでもいい?」
「いいよ、いいよ。」とわたしこたえた。
「それでいい。えないし、しゃべれないし、さわれなくても、かいじゅうがそばにいてくれたら、それでいい!」


 たいいくさいは、くものぷかぷかかぶあおぞらだった。こうていなかでは、おおだまころがしがはじまっている。あかたましろたまが、いたり、かれたりするたびに、かんきゃくせきからうわーっとこえがった。わたしもみんなといっしょに、しろいはちきをじょうまわしながら、おおきなこえおうえんする。がんばれ、しろぐみ、がんばれ。
 かえると、こうていうらもんえる。かいじゅうがあそこからはいってくるかもしれないとおもった。ななみたちはふだんとわらないようで、はなしかけられたら、わたしわらった。だけどときどき、いますぐかんきゃくせきはずれて、うらもんところっているかいじゅうをさがし、きしめたいちになった。
 そのたび、わりにおうえんこえげて、ぐっとこらえた。きっと、かいじゅうはいる。そこにいるんだ。でんしゃにもけないはやさで、せんはしっててくれたんだ。そうおもったら、みっともないところはせられない。
 ててね、かいじゅう。
 せんのときも、わたしおおごえおうえんつづけた。せんたいいくさいはながただから、これがわったらあとはクラスたいこうリレーをのこすだけ、というさいさいおこなわれる。そのころには、のども、はちきをうでも、じんじんいたくなってきていた。それでも、ななみたちのこうていをのしのしとすすみ、さんぼんよんほんあかぐみのはちきをるたび、わたしいっしょうけんめいになった。がんばれ、がんばれ、みんながんばれ、わたしも、がんばれ。さけんでいるうちに、おなかのあたりがかーっとあつくなって、なみだがにじんだ。
 だけど、しろぐみせんてなかった。てんははちさんぼんぶんで、ぎりぎりのけだった。しばらくして、ななみたちせんチームがかんきゃくせきもどってくると、みんなはくしゅむかえた。わたしもめいっぱいはくしゅをしながら、やっぱりちょっとかえった。
 そこにはもう、なんにもいなかった。じゃのしかれためんが、ひらべったくのびている。そのこうで、うらもんのイチョウのっぱが、そらにゆれていた。


 えきのホームのはじっこにかえってくると、やっぱりかいじゅうはいた。「かえってきたの?」とたずねてみると、「まあねん。」とあいまいなへんかえってきた。
たいいくさいるってってくれて、ありがとう。」
へいへい。」
「おもしろかった?」
「おもしろかったあ。」
 こころそこからしみじみとしたかんじでそううのだ。
「ほんとかなあ。」
 いつもよりおそかんだった。くもにはもう、ゆういろはじめている。わたしはそれをじっとつめ、つぎに、ぶんをじっとつめた。それからいっかいつばをみこみ、かいじゅうにった。
「かいじゅう。ほんとのことってよ。たいいくさいてくれたの、うそでしょ。」
 みぎどなりにすわっていたかいじゅうのからだが、ゆらん、ゆらんとゆうにゆれたのが、みぎかたかんしょくかった。
「うそじゃなーいもん。」
 うたうみたいにかいじゅうはった。
「うそだよ。だってかいじゅうはとうめいだから、ても、なくても、わたしにはかんないとおもって、たことにしてくれたんでしょ。それがばれないように、あんなやくそくしたんでしょ......だけど、かいじゅうあのね、こうていって、すながしいてあるんだよ。いくらとうめいでも、ほんとにてくれてたら、あしあとがいたはずだよ。」
 かいじゅうはすこしのあいだゆうにゆれるのもやめて、しんとしていた。だけどしばらくするとまた、「うそじゃなーいもん。」とうたった。
「うそだよ。そばにいるってったじゃん。だからわたし、がんばったんじゃん、さみしいときも。」
「だったら、うそじゃないじゃない。」
「どういうこと?」
「かいじゅうはね。」
 かいじゅうはこらえきれないというみたいに、ふふ、ふふ、とわらごえをこぼした。
「そばにいるのがうまいんだ。おしゃべりしたり、さわったりできなくたって、そばにいられる。かいじゅうのやりかたで。」
 そういながらまた、からかうみたいにわたしからだを、つんつんつついた。かいじゅうのことを、わたしはしばらくかんがえた。それから、ちいさなこえでたずねた。
「かいじゅうは、さみしくなったりしない?」
「どうして?」
「だって、とうめいだし、そばにいたって、だれにもえない。そこにいるのに、づいてもらえないって、さみしくないの?」
 がっこうにいるときのわたしみたいに、とわたしこころなかおもった。
「さみしいよお。」
 そうこたえたかいじゅうのこえは、ふだんとまったわらない、のんびりした調ちょうだった。
「だけど、かいじゅうはみんな、さみしいのがき。だから、一人ひとりのときしか、かいじゅうとはしゃべれない。一人ひとりのときしか、かいじゅうにはさわれない。」
 わたしはだんだん、あたまなかがこんがらがってきた。
「かいじゅうが、ほかにもいるってこと?」
「いる、いる、たくさんいる。ほら、そこにいる。」
「えっ、ここにもいるの? そこって、そこ?」
 わたしまえせんゆびすと、かいじゅうは「もっとうえ、もっとうえ。」とった。われるまま、ゆびしたをゆっくりとうえへ、うえへとげていくけれど、かいじゅうはまだ「もっとうえ、もっとうえ。」とつづける。やっと、「そう、そう、そこらへん。」とかいじゅうがったときには、わたしゆびはマンションをとおぎ、ごみしょじょうおおきなえんとつをとおぎて、くもひとつをゆびしていた。
 わたしはそこでぴたっとめ、いまぶんゆびしている、とおくのそらつめた。となりにいるかいじゅうも、おなじようにとおくをつめているのがかった。
 ゆうがたそらはいよいよ、はつねつするようなゆういろまりはじめている。くもが、かぜにちぎれながら、わたしたちのまえをゆっくりとながれていった。そのくもあたまとどくぐらいのおおきなおおきなかいじゅうが、おなじようにゆっくりと、そのあたりをあるいているのかもしれなかった。
「かいじゅう。わたしも、さみしいのがきになれるかな。」
 わたしがつぶやくと、かいじゅうはこたえた。
「もう、なってる。」
 そしてまた、ふふ、ふふ、とわらった。

さきさかくじら

じんさっちょしょに「おどれ、あいよりいたいほうへ」「ことぱのかんさつ」、しゅう「アイムホーム」などがある。

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