とりのさえずり

グレゴリー・ケズナジャット

 おとがした。キーンと、まるでてんしゃのブレーキをきゅうにかけたようなきしんだおとだった。じゅしんしつまどけていった。でもあったのか、とおもい、そとをのぞいた。しかしてみるとてんしゃひとたらない。
 じゅとおかあさんがあたらしいマンションにしてきて、まだいっしゅうかんしかたっていない。はマンションのいっかいにあって、うらにはちいさなにわがある。いまはまだれされていない芝生しばふしかないけれど、となりにわにはいろんなものがある。まるいテーブルとりたたみしきふるそうなものしロープ。そしてのきさきから、ちいさなさらのようなものがぶらがっている。
 キーン。
 あそこだ。さらはしっこにとりまっている。かおつばさくろく、むねあざやかなオレンジいろだ。せわしくあたまゆうまわし、あたりをかくにんしてから、またちいさなからだにしてはがいおおきなごえはなち、さらからなにかをついばんだ。
きみなにをしゃべっているの?」とじゅはぼんやりといかけた。
 まえんでいたには、とりなかった。こうそうマンションのじゅうかいさっぷうけいなベランダしかなく、そもそもとうきょうなかだったからあたりではとりかけなかったのかもしれない。えるごみをにマンションのまえあつまってくるカラスがせいぜいだった。いちゆうがたかわぶちあるいていたらカモメのこえこえたがしたけれど、うみからまよんできたのかもしれない。
 でもこのあたりにはもりがたくさんあるから、きっとどうぶつもいろいろいるだろう。ほかにどのようなとりえるのか。
じゅなにしてるの?」
 おかあさんのアシュリーがはいってきた。いつものようにえいはなしかけてきて、じゅおなじくえいこたえた。
とりてるの。」
 おかあさんはまどちかってきた。
「あ、ほんとだ。かわいいとりがいるのね。あたらしいごきんじょさん。さあ、はやじゅんして。」
 このしてきたとうじつから、おかあさんは、りんじんへのごあいさつをしないと、とかえっている。ほんとうしょにちにするつもりだったが、どのようなほん使つかえばいいか、かくにんしようとスマートフォンでけんさくすると、あいさつさい土産みやげわたしゅうかんがあることをり、やめた。まずはちゃんと土産みやげっておこう、と。
しのあいさつふるぶんじゃない?」とじゅはそのときにった。「さいきんはやらないひとおおいらしいよ。」
「おかあさんはふるにんげんだから、やりたいの。」
「おかあさんのくにではそんなしゅうかんはないでしょ?」
「でもこのくにではするでしょ? これからここはわたしたちのホームだから、おとなりさんとなかくしないと。」
 おかあさんはカナダでまれて、だいがくそつぎょうしてからほんわたってきた。じゅかいしかカナダをおとずれたことがないけれど、おかあさんのおかげでそのくにぶんことについてくわしかった。ほんじんのおとうさんをち、カナダじんのおかあさんをじゅには、そのどちらのくにきょうかんじてほしい。それはおかあさんのかんがえだったみたいだ。
 おとうさんがまだいたころじゅりょうしんはそれぞれのぶんおしえるぎょうぶんたんしていた。いえなかでおとうさんとほんはなして、おかあさんとはえいはなした。クリスマスにおかあさんといっしょにクリスマスツリーをかざり、はつもうでのときにはおとうさんといっしょにさいせんばこまえわせた。二人ふたりちがはいけいちがことちがでんとうっていた。でもじゅにとっては、そのすべてがぶんていなかぶんだった。
 おとうさんがいなくなったあと、おかあさんのごとばいになった。じゅえいきょういくおこたらず、このくにぶんしゅうかんじゅおしえるようにもりょくした。きんじょへのあいさつにこれほどこだわっているのも、そのためなのではないかとじゅおもった。大人おとなのマナーのほんむすめしめしたかったのだろう。
 インターネットでんだじょうほうしたがって、おかあさんは土産みやげのハンドタオルとせんざいようした。それからちかくのひゃくえんショップでぶくろとメッセージカードをってきた。さく、おかあさんはしょくたくすわって、いちまいいちまいみじかいメッセージをちゅうぶかいていた。
あいさつをするならメッセージカードはらなくない?」
ざいかもしれないよ。それともいそがしくててきてくれないかもしれない。そうなったらこのふくろいてかえってくる。」
 おかあさんのかたしに、じゅはメッセージカードのぶんしょうながめていた。おかあさんのどくとくで、じゅくのとはあきらかにちがう。じゅべつ上手じょうずというわけではなかったけれど、上手じょうずとかとか、そんなもんだいではなかった。じゅは、ちいさいころかられんしゅうをさせられたひとのものだった。大人おとなになってからほんおぼえたおかあさんのは、どことなくふんちがう。
わたしけばよかったのに。」
「これはおかあさんのごとでしょ? どもにおねがいするわけにはいかない。」
「でも......。」
 ちいさいとき、おかあさんのほんなんともおもわなかった。はつおんがおとうさんやそのほかのまわりにいる大人おとなとはちょっとちがうし、ときにはちがったことをったが、ずっとそのこといてきたじゅにとっては、それはおかあさんのことであって、おかあさんとおなじようにいとおしかった。
 でもある、おかあさんはがっこうさんかんた。ひとなつっこく、いつもせっきょくてきひとはなしかけるおかあさんはどうきゅうせいのおとうさんとおかあさんや、せんせいたのしそうにはなしていたが、みんなのおやたちがかえったあとどうきゅうせいだんが、おかあさんのしゃべりかたおおげさにまねして、かれともだちわらわせた。それをいたじゅはつらかった。おかあさんをまもりたかった。おかあさんはほんだけではなくえいもできるよ、えいどころかこくでもてんすうれないなんでおもしろがってるの? こころなかじゅはそうつぶやいたが、なにわなかった。ゆうはなかった。
 らいじゅはあるあんはらうことができなかった。おかあさんのことは、ほかのひとにもわらわれているのか。そうおもうといたたまれなかった。ぶんどくとくことにせず、つねひとかいしたがるおかあさんのことがきゅうずかしくなった。しずかにすればわらわれるしんぱいはないのに。
 おかあさんといっしょにマンションのまわって、らないひと一人ひとり一人ひとりほんはなしているところをとなりくことをそうぞうすると、すこいたくなった。
「さあ、こう。」
 じゅあきらめて、あんかおさないようにちゅうしつつ、がった。二人ふたりげんかんくついてのドアをた。
ほんとうひだりみぎ、そしてうえしたくのがつうだけど、わたしたちはいっかいだからさんだけだね。」
「ラッキーだね。」
「まずはうえかいこうか。」
 マンションはおおきくなかった。さんがいてで、かくかいがまっすぐならんでいる。おかあさんのあとをついてかいつうつづそとかいだんのぼった。ほどなくぶんたちのうえのドアにたどりき、おかあさんはチャイムをした。ピーンポーン、というおとがドアしにこえたが、そのあとはしんとしていた。
 だれてこない。
「いないかな。」とじゅってみた。
「そうみたいだね。」おかあさんはざんねんそうにった。ドアのひとつのぶくろていねいにかけた。「やっぱりメッセージカードをようしておいてよかったね。いっかいもどろっか。」
 またかいだんりて、ぶんたちのみぎがわにあるドアのまえまった。おかあさんはおなじくチャイムをらした。ピーンポーン。しーん。まえおなじように、おうとうがない。
「みんな、かけてるかしら。」おかあさんはまたぶくろにかけながらそうった。「もうちょっとおそかんにすればよかったかも。」
 じゅはうなずいたが、ないしんよろこんでいた。さんのうちふたざい。あとひとだけだ。いままでのこううんがこのままつづけば、あいさつのやりとりをかずにむかもしれない。
 ぶんたちのまえとおって、ひだりがわのドアのまえた。おかあさんはチャイムをらした。ピーンポーン。こんだれてこないように、とじゅあたまなかねがった。おかあさんはためいきをつき、ぶくろにかけはじめた。
 するとドアがひらいた。なかから、だんせいかおた。
「はい?」
 ろくじゅうだいか、それとももっととしうえか。ねんれいじゅにはからないけれど、おかあさんよりとしうえなのはたしかだ。かみしろくなっていて、もとにこまかいしわがたくさんあった。おかあさんのかおじゅかおこうていて、すこあわてているようなようだった。
 おかあさんはほんえて、はなはじめた。
はじめまして。このたびは、あの、となりの一〇三ごうしつにゅうきょしました、あの、サンダーズともうします。これからごめいわくをかけることがあるかもしれませんが、あっ、どうぞよろしくおねがいいたします。」
 ざいおもっていたじゅうにんきゅうあらわれておどろいたのか、それともインターネットでんだれいぶんひっおもそうとしていたのか、おかあさんのほんはいつもよりすこしぎこちない。じゅおもわずかおをしかめた。
 でもおとこはそんなことをにしていないようだった。むしろおかあさんのこといて、きんちょうやわらいだようで、ほほんだ。おとこわらうと、もとのしわがさらにえて、いっそうふかくなった。
「ああ、そうですか。やまぐちです。こちらこそよろしくおねがいします。」
 おかあさんはれんしゅうしたことつづけ、ぶくろりょうわたした。
「つまらないものですが、よろしければ。」
 やまぐちさんはおかあさんのふくろった。
「どうも。」
 やまぐちさんはっていたふくろながめていた。はやはなしわらせてもどろう、とじゅねがっていたけれど、そこでやまぐちさんはそうがいなことをいだした。
「よかったらおちゃでも。」
 さすがにおかあさんもえんりょした。
「いえいえ。」
「どうぞがってください。」あたかもおかあさんのことこえなかったかのように、やまぐちさんはドアをけたままなかもどっていった。
 じゅはおかあさんのかおて、かえろう、とこえさずにくちうごかしたけれど、おかあさんはそれをして、くつはじめた。しかたがなかった。じゅはおかあさんのあとをついてはいった。
 やまぐちさんのじゅたちがんでいたまったおなりだった。でもかれながねんここにんでいることが、しつないるとかる。すべてのかべにアートやしゃしんかざってある。リビングにほんだなよんだいもあって、どれからもほんがあふれていた。
 やまぐちさんがキッチンからおちゃってきた。じゅとおかあさんはゆったりとしたソファにすわり、やまぐちさんはとなりすわった。
「どちらからしてきたんですか。」
とうきょうです。」とおかあさんはへんした。
「はあ。」とやまぐちさんはあたまじょううごかした。「とうきょうねえ。ここはずいぶんちがふんでしょう。」
「ええ。」おかあさんははにかんだがおせた。えいはなすときはつよえるのに、ほんとなると、きゅうにおとなしくなった。えいはなすときとほんはなすときをりょうほうているじゅにとっては、そのギャップがいつもかんじられた。でもかんがえてみると、そんなところはやまぐちさんにはからないだろう。
 またちんもくおとずれた。おかあさんはいまことこまっているのか、はなしつづかたかんがえているのか、じゅしんぱいした。
 おかあさんはいきなりなにかをおもいついたようなかおつきになった。
「あ、バードフィーダー。」
「え?」やまぐちさんはおどろいたひょうじょうだった。
 おかあさんはみぎうでげて、おくしにえるうらにわゆびした。
「バードフィーダーをしているのはやまぐちさんですね。じつわたしむすめは、ていました。」
「ああ。」やまぐちさんはあんしんしたように、しずかにわらった。「あれか。このあたりはとりおおくてね、なかなかおもしろい。このはジョウビタキがてる。」
「ジョウビタキ?」おかあさんはそのことからなかった。じゅはつみみだった。
「あそこにとりがいるでしょ? あれはジョウビタキというんだ。わたどりでね、まいとしふゆになるとロシアやちゅうごくからほんにやってくる。」
「すごいですね。」おかあさんはほんとうかんしんしたようだった。「あんなにちいさいのに。」
「ええ。とりにしてはとんでもないきょでしょ。でもまいとしかならずやってくる。」
 あたかもぶんだいになっていることにがついたかのように、ジョウビタキはいた。キーン。やまぐちさんとおかあさんはしずかにわらった。そしてじゅもほほんだ。いつのまにかきんちょうすこけていた。
 なことだった。あいさつしにいこう、とおかあさんにわれたとき、じゅからたくなかった。まどしにとりつづけたかった。ひとはなす、ましてやひとはいむなんて、かんがえるだけできんちょうする。ことがときどきままならないおかあさんだって、きっときんちょうしたにちがいない。ひょっとするとじゅよりもきんちょうしていたのかもしれない。
 やまぐちさんとおかあさんのかいどうったらしく、二人ふたりたのしそうにはなしていた。じゅらくになって二人ふたりこえいていた。でもかのじょはときどき、にわつづけるジョウビタキにをやった。とりなのに、ながたびをする。とりなのに、こえおおきい。たいりくにいたときも、おなじようなごえをしていたのだろうか。それともこうしてこのれっとうわたり、ここにいるよ、とどうしてもつたえたかったのだろうか。

グレゴリー・ケズナジャット

さっちょしょに「かいこん」「トラジェクトリー」「ことのトランジット」などがある。

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