人ひとに迷めい惑わくをかけない

乗のり代しろ雄ゆう介すけ

 ミノルくんとぼくは保ほ育いく園えんからの仲なか良よしで、今年ことし、そろって六ろく年ねん生せいになった。今日きょうは土ど曜よう日び、ミノルくんの家いえで遊あそんでいたけど、早はやめのお昼ひるご飯はんを食たべてすぐに外そとへ追おい出だされてしまった。
 近きん所じょは池いけと田た畑はたと小ちいさな森もりだらけ。大おおきなU公こう園えんで遊あそぼうかということになって、池いけと花か壇だんの間あいだを抜ぬけて、畑はたけの中なかの道みちを行いく。農のう業ぎょう用ようの広ひろい畑はたけじゃなくて、近きん所じょの人ひとたちがこぢんまりとやっている所ところだ。野のざらしの農のう具ぐや肥ひ料りょう袋ぶくろ、水みずをためた古ふるい浴よく槽そうがそこら中じゅうにあって、けっこう適てき当とうな感かんじ。
 半はん分ぶんほどいった辺あたりで、遠とおくから歩あるいてくる小ちいさな女おんなの子こが見みえた。何なにか言いっているけど、かすれ声ごえで聞きこえづらい。近ちかづくうちに、はっきり聞きこえる瞬しゅん間かんが来きた。
「お兄にいちゃーん、どこー。」
 小しょう学がっ校こう低てい学がく年ねんぐらいだけど、学がっ校こうでは見みたことがなかった。ミノルくんがぼくを肘ひじでつついて言いった。
「迷子まいごかな?」
 ミノルくんは、いつもさがすものをさがしている。去きょ年ねんの秋しゅう分ぶんの日ひからだ。あの日ひ、ぼくたちはリードを引ひきずって歩あるいている年とし寄よりの迷子まいご犬けんを見みつけた。リードを取とって家いえをさがし、近きん所じょの人ひとに教おしえてもらって、とうとう飼かい主ぬしさんに引ひき渡わたした。よかったんだけど、それがよくなかった。あれ以い来らい、ミノルくんは何なにかをさがすことに目めがなくなってしまったのだ。
 ちなみに、ぼくはそうでもない。でも、困こまっている人ひとがいたら協きょう力りょくしなきゃとは思おもう。だから今こん回かい、ミノルくんがすっ飛とんでいくのは納なっ得とくだった。
「迷子まいごになったの?」とミノルくんが声こえをかける。
 女おんなの子こは立たち止どまった。横よこに、にごった水みずがたっぷりたまっている小ちいさな浴よく槽そうがあって、そのふちと同おなじくらいの高たかさからぼくらを見み上あげる。泣なきべそで、への字じに口くちを結むすんだまま首くびを振ふった。
「じゃあ、お兄にいちゃんが迷子まいご?」
 変へんな質しつ問もんをするミノルくんにまた首くびを振ふってから、女おんなの子こは言いった。
「かくれんぼ。」
 ミノルくんは残ざん念ねんそうな顔かおをしたけど、質しつ問もんは続つづけた。
「見みつからないんだ?」
 女おんなの子こはこっくりうなずく。
「もしかして、ほんとにいなくなっちゃったとか?」
 女おんなの子この顔かおがさらにゆがんで、ぼくはあわてて口くちを挟はさんだ。
「ねえ、どこまでとかいつまでとか、かくれんぼのルールはあるの?」
「畑はたけのとこまで。」と女おんなの子こは答こたえた。「私わたしが花か壇だんにもどったらおしまい。お兄にいちゃんが出でてくる。いつもそう。」
「じゃあ、このまま行いけば会あえるんだ?」
 女おんなの子こはまたうなずいて、そのまま振ふり返かえりもせず歩あるいていった。ぼくたちは立たち止どまったまま、しばらくその後うしろ姿すがたを見みていた。
「迷子まいごじゃなかったか。おしかったなあ。」
「おしいことはないけど。」
「でも、これでそのお兄にいちゃんってのが出でてこなかったら......。」
 どうやら、まだあきらめていないらしい。とはいえ、ぼくも心しん配ぱいではあった。どんどん小ちいさくなる後うしろ姿すがたを見みつめながら、お兄にいちゃんが現あらわれるところまで見み届とどけたほうがいいんじゃないかと考かんがえ始はじめた。
 そのとき、バシャッと小ちいさな水みず音おとがした。
 浴よく槽そう──目めをやった瞬しゅん間かん、そのふちにごつごつした塊かたまりが二ふたつ現あらわれて、ヒッと声こえが出でた。にごった水みずが盛もり上あがって、白しろくくずれて、外そとにあふれる。その真まん中なかからすごい勢いきおいで、水みずしぶきとともに何なにかが飛とび出だしてきた。
「うわ!」
 近ちかくにいたミノルくんは飛とびのいて尻しりもちをつき、ぼくは立たち尽つくした。
 人にん間げんの、しかも大人おとなだった。浴よく槽そうの中なかで、Tシャツからにごった水みずをしたたらせ、顔かおを何なん度どもぬぐいながら、大おおきく肩かたで息いきをしている。しばらくそうした後あとで、ゆっくりぼくたちの方ほうを向むいた。
「サエコに親しん切せつにしてくれて、ありがとう。」
 ぼくらは意い味みが分わからず、ただその姿すがたを見みていた。
「あ、ごめんごめん。」と相あい手ては続つづけた。「ぼくが、あいつの言いってたお兄にいちゃんだよ。」
「あっ。」とミノルくんが地じべたから言いう。「さっきの子こがあなたの妹いもうと──。」
「めいっ子こだけどね。」
「え、じゃあ。」とぼくもおそるおそる口くちを開ひらいた。「かくれんぼしてて、そこにかくれたってことですか......?」
「そうだよ。君きみたちも大人おとなになったらまねするといい。」
 軽かるく首くびを振ふってから「服ふく、着きたままですよね?」と質しつ問もんを続つづける。
「見みたら分わかるだろ。」
「何なんで、そこまでするんですか......?」
「本ほん気きでやらなきゃおもしろくないからね。けっこうたいへんなんだよ。水みずが澄すんでるからわざと底そこの泥どろをまい上あげたり、鼻はなと口くちだけ出だして息いきを吸すったり、君きみたちがそんな所ところで立たち止どまるからそれもできなくなったり。」
 ザバリと浴よく槽そうから上あがると、はだしだった。Tシャツとハーフパンツをしぼって、離はなれた所ところにある切きり株かぶに歩あるいていく。スマホやサンダルが置おいてあった。
「こういうヒントは出だしてるんだけどね。」
 この世よにはとてつもなく変へんな人ひとがいるものだ。ようやく立たち上あがったミノルくんの鼻はなの穴あながふくらんでいるのを見みてしまった。
「遊あそびはルールをきちんと決きめたうえで楽たのしむものだ。ただ、決きめるまでもなく絶ぜっ対たいに守まもるべきルールがある。」
 そこで言こと葉ばが途と切ぎれたので、ぼくは聞きいた。
「何なんですか?」
「人ひとに迷めい惑わくをかけない。」
「でも。」と思おもわずぼくは言いった。「この水みずをためてた人ひとには、迷めい惑わくだと思おもいます。」
「着ちゃく眼がん点てんはすばらしい。けど、ここはうちの畑はたけなんだ。」
 返かえす言こと葉ばもないぼくに、相あい手ては高たからかな声こえで続つづけた。
「生いきていれば、人ひとに迷めい惑わくをかけてしまうことなんていくらでもある。それは互たがいに許ゆるし合あったり支ささえ合あったりすればいい。だからこそ、遊あそんでるときぐらいはそうならない練れん習しゅうをしておこうってのが、ぼくの信しん条じょうなのさ。」
「お兄にいさん!」
 突とつ然ぜん、ぼくの耳みみもとでミノルくんの大おお声ごえが響ひびいた。
「おれたちとも、かくれんぼしてください!」


 それから、三さん人にんでサエコちゃんのいる花か壇だんにもどった。
「サエコに親しん切せつにしてくれたお礼れいだ。」
 そう言いってから、お兄にいさんは淡たん々たんとかくれんぼのルールを説せつ明めいした。範はん囲いはU公こう園えんの敷しき地ち内ない。サエコちゃんを家いえに送おくって着き替がえや食しょく事じもするから、一いち時じ間かん後ごの十じゅう二に時じ五ご十じっ分ぷんに公こう園えんの南みなみ門もんに集しゅう合ごう。お兄にいさんが公こう園えんに入はいった後あと、一いち時じにぼくたちが公こう園えんに入はいる。
「こちらはかくれ場ば所しょは変かえない。大おおきな移い動どうはしないと言いったほうが正ただしいかな。で、そのぼくに向むかって『見みぃつけた。』と紳しん士し的てきに言いった瞬しゅん間かん、君きみたちの勝かちだ。かくれんぼは終しゅう了りょう、無む駄だ話ばなしせず即そく解かい散さん。いや、確かく認にんのために『まいりました。』ぐらいはこちらも紳しん士し的てきに言いおう。それでおしまい。どうだい?」
「分わかりました。」とぼくらは言いった。
「見みつからない場ば合あいの制せい限げん時じ間かんは夕ゆう方がた五ご時じ。チャイムが鳴なり始はじめた瞬しゅん間かん、ぼくの勝かち。再ふたたび南みなみ門もんに集しゅう合ごうだ。」
 こんなに本ほん格かく的てきなかくれんぼは初はじめてで、ぼくもさすがにわくわくしてきた。
「それから、絶ぜっ対たいのルールが一ひとつ──。」
 ぼくたちは三さん人にん同どう時じに言いった。
「人ひとに迷めい惑わくをかけない。」


 白しろいポロシャツを着きたお兄にいさんが入はいってから十じっ分ぷん後ご、だいたい円えんの形かたちをしたU公こう園えんを、南みなみ門もんからぼくは右みぎ回まわり、ミノルくんは左ひだり回まわりに分わかれてさがした。真まん中なかの芝生しばふ広ひろ場ばにはかくれられないだろうから、東ひがし側がわにある散さん策さくができる森もりと、西にし側がわの休きゅう憩けい所じょとかトイレとか資し料りょう館かんとか建たて物ものが並ならんでいる辺あたりがあやしい。
 北きたにある小ちいさな池いけで、予よ定ていしていた二に時じにミノルくんと落おち合あったときには、しらみつぶしにさがしたせいで、すごく疲つかれていた。池いけにはショウブがいっぱい生はえていて、水みずもにごっている感かんじだ。普ふ通つうなら気きにも留とめないけど、ぼくたちは顔かおを見み合あわせた。まさかと思おもったけど、ミノルくんが〈池いけに入はいるな〉の立たて札ふだを見みつけて、やっと安あん心しんした。
 ぼくたちは、やみくもにさがすより迷めい惑わくになることをつぶしていくほうが、お兄にいさんに近ちかづけるんじゃないかと考かんがえ始はじめた。ちょうどすぐそばに公こう園えんマップがあった。立たち入いり禁きん止しの場ば所しょに入はいるのは迷めい惑わく。トイレに立たてこもるのは迷めい惑わく。芝生しばふに穴あなを掘ほるのも迷めい惑わく。遊ゆう具ぐエリアに大人おとなが入はいるのは迷めい惑わくか微び妙みょうだから、二人ふたりで行いってみた。遊あそんでいる子こも多おおいし、遊ゆう具ぐの中なかにも見み当あたらなかった。
 それから、いろんな場ば所しょで迷めい惑わくについて考かんがえながら、二人ふたりで公こう園えんを一いっ周しゅうした。広ひろいから、三さん時じ、四よ時じと、どんどん時じ間かんが過すぎていって、ぼくたちはまた池いけにもどってきた。行いく所ところさえ思おもいつかず、ベンチにぼんやり座すわっているだけ。やっぱり、あの人ひとにはかなわないんだろうか。あきらめかけたとき、マップの一ひとつの場ば所しょが急きゅうに目めについた。ぼくはミノルくんに言いった。
「お兄にいさん、公こう園えんの敷しき地ち内ないって言いってたよね?」
 西にし側がわの小ちいさな資し料りょう館かんを指ゆび差さす。町まちの歴れき史しとか昔むかしの暮くらしとかを紹しょう介かいしている所ところだ。その中なかには、最さい初しょミノルくんも入はいらなかった。
「この中なかも、敷しき地ち内ないじゃない?」
「でも、あそこにかくれてたら迷めい惑わくかかるよ。」
「でもさ。」とぼくは返かえした。「このかくれんぼって、最さい後ごに『見みぃつけた。』って言いうだけで終おわりなんだよ。紳しん士し的てきとか無む駄だ話ばなしをしないとか変へんなルールだと思おもったけど、中なかで見みつけても迷めい惑わくにならないようにしたのかも。」
「確たしかに。」とうなってから、ミノルくんは「でもだめだ。」と言いった。「あそこ、入はいるのにお金かねかかるもん。子こどもはタダだけど。」
「だからだよ!」ぼくは興こう奮ふんして叫さけんだ。「お兄にいさん、人ひとに迷めい惑わくはかけないって言いったよね。」
「ていうか、そればっかり──。」
「たぶん、子こどももお金かねがかかるんだったらあの人ひとはここにかくれようとはしないよ。ぼくらにお金かねを使つかわせるのは迷めい惑わくだから。でも、自じ分ぶんがお金かねを払はらうのは、自じ分ぶんの服ふくがびしょぬれになるのといっしょだからいいんだ。人ひとに迷めい惑わくはかけてないから。」
 ミノルくんの顔かおが一いっ気きに輝かがやいた。
「おれたちも、見けん学がく目もく的てきで中なかに入はいろう!」
 西にしに向むかって一いち目もく散さんに走はしっていくミノルくんを追おいかける。時じ刻こくはもう、四よ時じ三さん十じっ分ぷんを回まわっていた。


 古ふるめかしい資し料りょう館かんの入いり口ぐちで、走はしりから歩あるきに切きり替かえる。受うけ付つけの奥おくに紺こん色いろの服ふくを着きた眼鏡めがねの人ひとが見みえたけど、入はいってきたのがぼくたち子こどもだと分わかると興きょう味みなさそうに下したを向むいた。大だい丈じょう夫ぶだ。
 中なかはしんとしていた。ガラスケースの並ならんだ部屋へやの蛍けい光こう灯とうは頼たよりない。骨ほねとか土ど器きとかの展てん示じを見みて進すすみながら、奥おくのさらに薄うす暗ぐらい部屋へやだとうなずき合あう。そこには、昔むかしの農のう家かの様よう子すが再さい現げんされている。踏ふみ固かためられた土つちみたいな床ゆかは、意い外がいと足あし音おとが響ひびいた。部へ屋やの中なかに家いえの一いち部ぶが埋うめこまれた感かんじで、木きの壁かべに引ひき戸どが付ついている。横よこに〈入はいってみよう〉の張はり紙がみ。
 戸とに手てをかけると、ちょっとしか開ひらかない。何なにかが引ひっかかっている感かんじだ。
「絶ぜっ対たいこの中なかだ。」とミノルくんはうれしそうだ。
 戸とを閉しめきるのは迷めい惑わくな気きもしたけど、もし中なかにいるとしたら、ぼくらが来きてあせっているのかも。戸とをガタガタさせながら、いよいよだという感かんじがした。
「ここで遊あそんじゃいけないよ。」
 突とつ然ぜんの低ひくい声こえにはっとして振ふり向むく。部へ屋やの入いり口ぐちに人ひとが立たっていた。向むこうの部へ屋やのほうが明あかるくてよく見みえないけど、受うけ付つけにいた資し料りょう館かんの人ひとだ。
「いや、あの──。」
 口くちごもるミノルくんの代かわりに言いった。
「見けん学がくしたいんですけど、開ひらかないんです。」
「え?」と資し料りょう館かんの人ひとは言いった。「そこは、そもそも閉しめてないはずだけど。」
「もしかして。」とミノルくんが言いった。「誰だれかが閉とじこもってるのかも。」
「そんなことはないと思おもうよ。」資し料りょう館かんの人ひとは笑わらいながら懐かい中ちゅう電でん灯とうをつけた。「この時じ間かんになると本ほん当とうに暗くらくて、申もうし訳わけないね。」
 まぶしくて、照てらされた戸とに目めを向むける。足あし音おとが響ひびく。
「どれ。」大人おとなが力ちからをこめても、戸とは開ひらかなかった。「反はん対たい側がわに何なにかあるな。」
 資し料りょう館かんの人ひとは金きん属ぞく製せいの定じょう規ぎみたいなものを取とり出だして、戸とのすき間まに差さしこんだ。それを何なん度どか上じょう下げさせると、中なかで何なにかがはじき飛とばされるような音おとがして戸とが開ひらいた。するりと中なかに入はいったと思おもったら、すぐに声こえがした。
「ははあ、誰だれかが戸とを閉しめちゃった拍ひょう子しに掃そう除じ用よう具ぐが倒たおれて、ほうきがつっかい棒ぼうになっちゃったんだ。」
 ミノルくんは説せつ明めいそっちのけで、戸とのすき間まから中なかをのぞき見みようとしていた。
「ちょっと君きみ、こっちが出でるからあわてないで。」
「あ、すみません。」
「あと、中なかの展てん示じ物ぶつには触さわらないように。」
 ミノルくんが一いち応おうの返へん事じをしながら入いれ替かわるように中なかに入はいっていくと、資し料りょう館かんの人ひとのため息いきが聞きこえた。
「ごめんなさい。」ぼくは頭あたまを下さげて謝あやまった。
「いやいや。」その声こえにとげはなかった。「こちらこそ迷めい惑わくをかけてすまなかったね。あんまり時じ間かんはないけど、ゆっくり見けん学がくしていって。それじゃ。」
 ぼくが少すこしほっとした、そのときだった。
「見みぃつけた。」
 さらに薄うす暗ぐらい戸と口ぐちの奥おくから、ささやくようなミノルくんの声こえがした。
 あわてて入はいろうとして驚おどろいた。戸とのすぐそばにミノルくんがいて、こっちを向むいていたからだ。でも、ぼくのことは見みていなかった。その鋭するどい眼がん光こうは何なにかを突つき刺さすように、ぼくの後うしろにまっすぐのびていた。
「『迷めい惑わく』。」ミノルくんは声こえをひそめたまま言いった。「その言こと葉ばでやっと気きづきました。」
 少すこしして、「まいりました。」と小ちいさな声こえが響ひびいた。

乗のり代しろ雄ゆう介すけ

作さっ家か。著ちょ書しょに「旅たびする練れん習しゅう」「パパイヤ・ママイヤ」「それは誠まこと」などがある。

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