インタビュー

我が楽らく太ふとしさん(第だい4回かい「青あおいスピン」作さく品ひん募ぼ集しゅう・入にゅう選せん)

「いちばんの趣しゅ味みは読どく書しょ」

「青あおいスピン」では小しょう学がっ校こう高こう学がく年ねんから中ちゅう学がく生せいを読どく者しゃ対たい象しょうとした物もの語がたり、小しょう説せつを募ぼ集しゅうしてきました。おかげさまで2026年ねん春はるに結けっ果か発はっ表ぴょうがあった第だい4回かいで、ご応おう募ぼいただいた作さく品ひん総そう数すうは1000点てんを超こえました。今こん回かいは特とく別べつインタビューとして、第だい4回かいで入にゅう選せんを果はたした 我が楽らく太ふとしさんに、執しっ筆ぴつのこと、読どく書しょのことなどを語かたっていただきました。

「読よむ」を深ふかめるために「書かく」

──入にゅう選せん作さくの「夕ゆう暮ぐれのベンチで」は、選せん評ぴょうで「不ふ思し議ぎな二人ふたり芝しば居いを見みているよう」「友ゆう情じょうになる手て前まえの空くう気き感かんがおもしろい」「本ほん当とうに何なに気げないやりとりだが、きっとこういう時じ間かんを大人おとなになって思おもい出だす」などと言げん及きゅうされました。

 募集ぼ しゅう内ない容ようの「小しょう学がっ校こう高こう学がく年ねんから中ちゅう学がく生せいを読どく者しゃ対たい象しょう」というのを見みて、「人ひとと人ひととの距きょ離り感かん」というのが思おもいうかびました。最さい近きんはSNSなどもあって人ひととの距きょ離り感かんが近ちかすぎる感かんじがしたので、逆ぎゃくに遠とおくしてみたらどうかなと思おもったんです。読どく者しゃ対たい象しょうに変へんに寄よせていくのではなく、自じ分ぶんが小しょう中学生ちゅうがくせいに読よんでもらいたいものを書かきました。やっぱり自じ分ぶんを信しんじて自じ分ぶんの色いろを出だしたほうがいいかなと思おもいました。
 自じ分ぶん自じ身しん、「何なんでも知しってる」みたいな、距きょ離りが近ちかすぎるのがあまり得とく意いではないんです。知しってるようでいて全ぜん然ぜん知しらないことも多おおいですから。転てん校こうの多おおい子こども時じ代だいだったんですが、人ひとと別わかれて、でもまた出で会あって、という経けい験けんをたくさんしていたので、そこは応おう募ぼ作さくとも関かん係けいしているかもしれません。

──執しっ筆ぴつにはどれくらいの時じ間かんがかかったのでしょうか。

 二に、三さん時じ間かんでしょうか。書かきあがった後あとに一いっ回かい見み直なおして細こまかいところは修しゅう正せいしましたが、直ちょっ感かんで、連れん想そう、連れん想そう、連れん想そうで、ばっと書かきました。そういうのはうまくいかないことが多おおいと思おもうのですが、今こん回かいは運うん良よくまとまりました。
 フィクションを書かき始はじめたのは五ご年ねんくらい前まえからです。書かき方かたは独どく学がくです。技ぎ術書じゅつしょみたいなものにも目めは通とおしたんですが、結局物語けっきょくものがたりや小しょう説せつは自じ分ぶんで書かくしかありません。書かいて、書かいて、考かんがえて、書かき直なおしてまた書かいて、っていう感かんじです。とにかく書かき続つづけるしかない。

──書かき始はじめてから、何なにか変へん化かは感かんじますか。

 最さい初しょのころよりは文ぶん章しょうはましになったとは思おもいます。助じょ詞しをまちがえなくなったりとか(笑)。それと、人ひとの文ぶん章しょうをよりていねいに読よむようになりました。読よむだけだと見みえないものもある。書かくことは、読よむことを深ふかめるために必ひつ要ようなのかもしれないとは感かんじました。
 書かくときは、リズムは意い識しきします。口くちに出だしてみて何なんか変へんな感かんじがしないかとかは気きにします。改かい行ぎょうとか、読とう点てんの位い置ちも、意い識しきしたいなというのはあります。

くり返かえし読よんだ本ほん

──これまで、どういう本ほんを読よんできたのでしょうか。

 小しょう学がく生せい時じ代だいは家いえの都つ合ごうで飛ひ行こう機きに乗のる機き会かいがけっこうあったんですが、そこでよく本ほんを読よんでました。講こう談だん社しゃの青あおい鳥とり文ぶん庫この「十じゅう五ご少年しょうねん漂流記ひょうりゅうき」は十じっ回かい以い上じょうは読よんだと思おもいます。同おなじ青あおい鳥とり文ぶん庫こで「巌がん窟くつ王おう」や「ああ無む情じょう」、「海かい底てい2万まんマイル」なんかも読よんでました。ちなみに「十じゅう五ご少しょう年ねん漂流記ひょうりゅうき」は人ひとと人ひととの付つき合あいみたいなのもだいじな要よう素そなので、その点てんでは「青あおいスピン」への応おう募ぼ作さくにもつながるところがあります。
 中ちゅう学がく生せいのときはそれほど本ほんは読よんでないんですが、「ハリー・ポッター」や「指ゆび輪わ物もの語がたり」、「ゲド戦せん記き」あたりはくり返かえし読よみました。
 大だい学がく生せいのころからは量りょうを読よむようになりました。一いち年ねんで三さん、四よん百ひゃく冊さつは読よんでたと思おもいます。読よんでない本ほんが多おおいなと思おもったのがきっかけで、かたっぱしから手てに取とりました。本ほんに関かんしては食くわずぎらいしないタイプで、ミステリーやSFもたくさん読よみました。
 作さく品ひんとしては中なか島じま敦あつしの「山さん月げつ記き」や、古こ典てんだと「方ほう丈じょう記き」あたりが好このみです。夏なつ目め漱そう石せきも好すきです。
 本ほんを読よんでいると、ああ、そういうふうに書かけるんだ、とか自じ分ぶんとはちがう視し点てんに気きづきます。ちょっとした言こと葉ばづかいでも、自じ分ぶんだったらどうするかなとか考かんがえるようになりました。ゲームをしたり映えい画がを見みたりもしますが、やっぱり自じ分ぶんにとっていちばんの趣しゅ味みは読どく書しょです。

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