「もういいよ! ありがとうございました。」
僕はスタンドマイクを前に、相方の夏木さんとおじぎをしている。
なぜ、なぜ僕は漫才をしているんだっけ。
「うちはおもしろい人が好きやわ。」
数か月前に大阪から転校してきた夏木さんの声だ。クラスメートとの異性のタイプについての話が僕の席にまで聞こえてきた。
でも、夏木さんこそ、ずいぶんおもしろい人だと思う。だってついこの間まで、好きなタイプはスポーツが得意な人だったのだから。
夏木さんの好きなタイプを知るたびに、そうなれるよう努力してきた。習っていたスイミングでいち早くクロールを練習したし、その前は勉強が得意な人が好きだと言ったから、毎日家に帰ってから予習と復習をした。
これで夏木さんに振り向いてもらえる、と思っていたのに。その日から僕はお笑い番組をなるべくたくさん見るようになった。
「相馬くんも見てるん? あれおもしろいよな。」
夏木さんとはやりの番組の話をしながらいっしょに下校することもあった。
「相馬くんとはいっしょに話してて楽しいわ。」
あざやかなオレンジ色のランドセルがよく似合った。ときどきにっと笑う顔が太陽のようにまぶしいのに、どんどん目を離せなくなった。
もしかして夏木さんも僕のことを好きなんじゃないか、なんてかんちがいしそうになる。
僕の深緑色のランドセルも日の光を存分に浴びた植物のように輝いて見えた。
「子ども漫才大会?」
「せやねん。市のイベントなんやて。」
夏木さんからちらしをもらった。小学生を対象にした、漫才大会を行うそうだ。
「あの若手芸人さんも来るんやで。」
誰もが知る、売れっ子の芸人さんが、若手からベテランまで審査員として来るそうだ。
「そこでさ、相馬くん、うちと組まへん?」
もしや僕のことを好きで誘ってくれたのかと、心がおどるようだった。
夏木さんが転校してきて間もないころのことだった。僕がうっかり、先生のことをお母さんと呼んでしまったのだ。クラス中が笑ってすごく恥ずかしくて、逃げだしたくなった。けれどそのとき夏木さんが、
「えー? みんなは間違えたことないん? うちもこの前五回くらい間違えたで。」
全員がどっと笑った。
「みんな間違えるものやと思ってたわ!」
さらにクラスがにぎやかになった。おかげで僕に注目する人はいなくなった。このときから夏木さんを好きになったのだ。
「おーい、おーい、相馬くん?」
僕は夏木さんの声ではっとして、現実に戻った。
「興味ないなら、あきらめようかな⋯⋯。」
泣きそうな顔をする夏木さんに心がきゅっと苦しくなった。そんな顔を見たくなくて、「や、やる!」と、僕は思わずさけんでいた。漫才をしたことも、人を笑わせたこともない。何で言ってしまったのかと思ったけれど、僕の好きな夏木さんの笑顔がそこにあったから、とにかく頑張ろうと思った。
「はい、これ! 相馬くんがツッコミやで。」
放課後夏木さんに台本を渡された。大会に出ると決めて、丸一日もたっていなかった。
「相馬くんならすぐ覚えられると思うわ。」
何だか、夏木さんに認めてもらえている気がしてわくわくした。
今度練習しようなあ、と言って夏木さんは大きく手を振って帰っていった。
彼女が作ったネタは、ボケ担当の夏木さんが将来小学校の先生になりたい、という内容だった。最後は校長先生になって全校生徒の前で長く話しすぎて、校長先生のほうが疲れて寝てしまう、という結末だ。
まるでテレビで見る芸人さんのネタのようで、ページをめくる手が止まらなかった。
夏木さんと練習の日。学校が休みのときに公園で二人で会うなんて、少しどきどきした。
「すごい、相馬くん全部覚えてるやん!」
「夏木さんみたいに、もっと自然にしゃべれるといいんだけど。」
「ええねん、子どもはそれくらいがふつうやで。」
同い年なのに、まるで年の離れたお姉さんのような言葉に少し笑ってしまった。
「それにしてもこの漫才、どうやって考えたの?」
「実はな、家族がお笑いやってるねん。」
初耳だった。どうりで漫才に詳しいわけだ。
「ネタもいっしょに考えてもらってん。そうそう、大阪から今度の大会も見に来るねんで。」
「それって僕たちが出る漫才大会のこと? ま、まさか、このお兄さん?」
僕は大会のちらしに写った若手芸人の写真を指差すと、夏木さんはじっと見て笑った。
「まさかぁ! そんな兄ちゃんおったら自慢するわ。うちの兄ちゃんも芸人やけど、全然やで。たまにライブしとるくらいやわ。」
僕はそれでも十分すごいと思った。自分ももっと練習をしなくては、と感じた。
大会の日が、数日後にせまっていた。
いよいよ漫才大会の日。
ただ、ひとつ気がかりなことがあった。昨晩から、夏木さんがのどを痛めたらしい。
「水飲んでのどあめなめとったら大丈夫!」
夏木さんはいつもどおりの元気さだったけれど、僕は少し心配だった。気づけば僕たちの出番になった。ステージに上がってみると、想像以上にお客さんが多く、みんなが自分たちに注目していると思うと落ち着かなかった。
ふと、横にいる夏木さんを見ると、堂々としていた。僕もそれを見て少し冷静になれた。
「将来は、小学校の先生になりたいわ。」
「そうなんだ、どんな先生になりたいの?」
うん、うまくしゃべれている。
「食べることが好きやから、給食を一番乗りで食べておかわりする先生になりたい。」
「そんな先生今まで見たことないよ!」
ここから僕が生徒になってお話が進む。最後は、夏木さんが校長先生になる場面。
「なんで校長先生になりたいの?」
「始業式とか終業式で、たくさんの生徒の前でお話しできるのが楽しそう!」
「夏休み前にあるね。何のお話をするの?」
「みなさん、夏休みは、食べすぎに注意しましょうって。」
「それたぶん、注意しなきゃいけないのあなただけだよ!」
「その話を二時間する。」
「みんな疲れて寝ちゃうよ!」
練習どおりうまくいっていて、お客さんも笑ってくれている。あとは、校長先生が疲れて寝てしまって、僕のツッコミで終わり。
「えー、夏休みは⋯⋯っ⋯⋯ぁ⋯⋯。」
突然夏木さんの声がかすれて出なくなった。
かなり無理をしていたみたいだった。でも、ボケを言わないと終わり方が不自然になる。
夏木さんが泣きそうな顔をして、必死に身振り手振りをした。
「いや、ジェスチャーじゃ伝わらないよ!」
とっさに出たツッコミだった。夏木さんも少しおどろいたようだったけど、少し笑顔になってうなずいた。このまま終わらせられる。
「もういいよ! ありがとうございました。」
拍手に包まれた。僕たちは全力を出し切って、しばらくおじぎをしたままだった。
「相馬くん、今日はほんまにありがとう。」
大会を終えて、水を飲んで少し落ち着いた夏木さんはいつもの表情だった。僕も心からほっとした。
そうだ、僕はこの子に笑っていてほしいんだ。結局優勝はできなかったけれど、夏木さ
んの笑顔にたくさん出会えた。
「そういえば夏木さんの家族は来てたの?」
先日の公園での話を思い出して聞いてみた。
「そこにおるやろ? うちの父ちゃん。」
夏木さんの視線の先には、さっきまで僕たちの漫才を聞いていた、ベテラン芸人の姿があった。僕は固まってしまった。
「びっくりした?」と笑っている夏木さんに、僕はすっかり調子をくるわされている。
「思ったとおり、相馬くんはおもしろい。みんなを笑顔にできる人やとうちは思うで。」
僕は照れくさくなって、頭をかいた。目の前の人を笑顔にできるって、すごく幸せなことだと思う。夏木さんはおもしろい人がタイプだそうだし、僕は努力し続けて、夏木さんにおもしろいと言ってもらえる人でいたい。
「せやけどな、うちの好きなタイプ、おもしろい人やないで。」
思わず口をぽかんと開けてしまった。今の、声に出ていたのかな、いや、それよりも夏木さん、また好みのタイプが変わったのか。
「おもしろい人も好きやけど、もともと、苦手なことでも努力し続ける人がいちばん好きやねん。」
僕は少し心臓がはね上がった気がした。
「ほんで今は、歌が上手な人が好きやな。というわけで、今度はこれに出てみいひん?」
彼女の手には、子どもカラオケ大会のちらしがにぎられていた。
「この大会もいっしょに練習して出ようや!」
僕の恋心は夏木さんにずっと振り回されている。そんなところも好きなのはどうしてだろう。僕は心の底からさけんだ。
「なんでやねん!!」
南出めえか
2026年、第4回「青いスピン」作品募集 佳作。


